京都メカニズム情報プラットフォーム
情報サービスの現場から

電源開発株式会社
経営企画部地球環境グループ 中山寿美枝

今や京都メカニズム関係者で知らない人のないPoint Carbonですが、私が初めてPoint Carbonの名前を知ったのは2002年の年明けに電中研 杉山大志氏から「研究者仲間のKristian Tangenがカーボンマーケット情報サービスを立ち上げました」という紹介メールをもらったときに遡ります。 そのときには、オスロの研究者の提供する分析・情報が果たして野のものとも山のものとも予想がつかず、まさか彼らの代理店になるとは夢にも思っていませんでした。
しかしその後「関心があるのでサンプルを見せて欲しい」と直接コンタクトをとり、幾つかの分析レポートを見てすぐに彼らの幅広い情報と高い分析力を評価して購読を開始しました。その1年後にはPoint Carbon社に対してみずほ情報総研梶i当時は兜x士総合研究所)と共に出資を行い、また、独占的な日本代理店の権利を得ました。出資と同時に、私自身が同社の取締役に就任したこともまた、夢にも思わぬ出来事でした。

Carbon Expo2006でのPoint Carbonチーム出資当時には7名(うち専従は3名のみ)のベンチャーだったPoint Carbonは、その後、精力的に開発(おかげで当時はずっと赤字でした)した各種の情報商品のニーズがEUETSの開始と共に一気に高まり、顧客が増加し、今や世界中で約750社が有料商品を購読し、従業員数は60名を超え、オフィスもロンドン、キエフ、ブリュッセルへと、続々展開しています。
また昨年、Natsource Scandinavia社の吸収合併により、電力・ガス市場の情報サービスをメニューに加えると共に、電力、燃料、カーボンという関連するコモディティの情報を共有することでシナジーを高め、この分野における情報プロバイダーとしての優位性を一層強めました。

ポイントカーボン日本代理店では、毎日メルマガ形式で発行される「カーボンマーケット・ニュース」の翻訳&配信に始まり、隔週刊の「CDM・JIモニター」、月刊の分析レポート「カーボンマーケット・アナリスト」、総合カーボン市場情報誌「カーボンマーケット・モニター」の翻訳&購読者への提供を行うほか、Point Carbonのその他の商品の販売代理店を勤めています。
カーボンマーケット・ニュース(無料)の購読者数は1100人を超え、伸び悩んでいた有料情報サービスの購読者数も昨年から加速度的に増加しつつあります。日本の企業のカーボンマーケットへの関心が確実に高まっていることを実感しています。

Point Carbonと一緒に仕事をしていて一番驚かされるのは、その挑戦的な新商品開発のアイデアです。
制限を設けることなく理想を追求し、その結果としての巨大なデータベースや複雑なモデルのシミュレーションを、得意のIT技術によりフロントエンドでは「世界中からアクセス可能」な「見易い、わかりやすい情報」に加工してしまいます。 冒険的と言ってもいいほどで、やはりバイキングの血だろうか、と感心させられます。あまりに野心的な事業拡大計画に、中立性を損なう恐れがある、本末転倒だと取締役会の席で反対したことがありますが、すぐには聞き入れてもらえませんでした。
しかし市場の声を聞くべきとの私の強い主張に、関係者の感触を探ったところ、同様の懸念の声が聞かれたため、即、計画を初期段階で中止して、その後はコア・コンピタンスを大事にするようになったことも、Point Carbonがその後成長を維持するポイントになったと思います。「日本人は保守的だから」と私の意見を一蹴することなく、「Independent and unbiased voice in the global carbon market(独自の偏見のない世界No.1カーボン市場情報プロバイダー)」としての地位を築くという目的のために、皆が対等の立場で徹底的に議論するのは当然という姿勢がPoint Carbonの真の国際性を表していると思います。

昨年後半から安定していたEUA市場が、4月末にEU加盟国政府の2005年排出量報告が出始めた途端に急落を見せ、今後の排出量情報と市場の動向に目が離せない状態です。日本代理店として、この市場ライブを日本の関係者に正確に伝えていくことに、オスロやロンドンのメンバーに負けない使命感と、市場の真っ只中にいる臨場感を感じています。単に翻訳をしているだけでなく、我々代理店も共に情報発信している、報道しているのだという一体感があるからです。これからも、Point Carbonとの一体感を忘れずに、この情報発信の仕事を使命感と臨場感を持って続けて行きたいと思っています。

新商品案内の翻訳の例(NAP2分析のマルチクライアント・スタディ)

2006年5月12日